• 8月7日(土)~ ポレポレ東中野、東京都写真美術館ホール他全国順次公開
  • 7月2日(金)~ 岡山シネマ・クレール、
    7月9日(金)~ 香川ソレイユ・2 先行公開

TRAILER予告編

INTRODUCTION序論

オーストラリアで起こった
日本人捕虜集団脱走
知られざる“カウラ事件”の真実─
それは生きるためか、死ぬためか

カウラ事件

第二次世界大戦中の1944年8月5日、オーストラリア南東部の田舎町、カウラ第十二捕虜収容所で起きた、日本人捕虜1,104人による史上最多の集団脱走事件。これより、日本人捕虜234人、オーストラリアの監視兵ら4人が死亡した。

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STORYストーリー

第二次世界大戦中、カウラにあった収容所では、捕虜による自治がある程度認められており、形式的には民主的な秩序が成立していた。重要事項は42の班ごとに話し合い、班長会議で決定していた。ジュネーブ条約にのっとって捕虜には食事や医療が充分に与えられ、野球や麻雀などの娯楽も許されており、安穏な日々を過ごしていた。そんな中でも、日本人捕虜たちの頭から絶えず離れない戦陣訓の一節があった。「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」。人数が増えすぎた日本人捕虜の分離・移動命令をきっかけに、この機会をとらえて決起すべきだと一部の強硬派が主張する。逃げ切れる望みのない絶望的な集団脱走を決行するか否か、全員による投票が提案された。日本人捕虜一人ひとりは「生」か「死」か判断を突きつけられる。

そして、1944年8月5日未明、 静寂を破るかのように突撃ラッパが収容所に響き渡る―。

本作は、『クワイ河に虹をかけた男』の満田康弘監督が、「カウラ事件」の深層に挑んだ渾身の第2作である。生存者たちに今なお残る悔恨、その思いを受け止めようとする日本の若者たちや演劇人、事件を教訓に和解への道を歩んできた現地カウラの人々…。

この事件が、今を生きる私たちに問いかけるものは何か。生死の決断を迫られた とき、私たちは大きな声に抗うことができるのか?

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戦陣訓とは ………

1941年1月、東條英機陸軍大臣が、戦地における兵士の行動規範として示達した訓令。その中の一節、「生きて虜囚の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」は、「生き永らえて捕虜になるよりも死を選べ」という 教えである。捕虜を恥とする考えは日清・日露戦争の当時からあったが、1932年の上海事変における空閑昇少佐の自決事件を機に一般国民にも浸透した。これにより多くの兵士や民間人が玉砕や万歳突撃で命を落とした。

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DIRECTOR監督

満田 康弘

監督プロフィール

満田 康弘 (みつだ やすひろ)
1961年香川県生まれ。1984年KSB瀬戸内海放送入社。主に報道・制作部門でニュース取材や番組制作に携わる。現在、報道クリエイティブユニット高松本社所属。

監督メッセージ

私にとっては「クワイ河に虹をかけた男」(2016)に続く2作目のドキュメンタリー映画です。「クワイ河」が捕虜問題のコインの表とすると「カウラ」は裏。戦陣訓に象徴される捕虜を恥ずべきものだとする考え方が、前作で示したように泰緬鉄道などでの連合国捕虜虐待に、カウラでは日本人捕虜に「帰る場所がない」と思いこませ、絶望的な脱走へとつながっていきました。加えてカウラ事件はその決行へ至る経緯で極めて日本人的な心理が働いています。私はこの映画を単なる過去の悲劇ではなく、現在と未来へのメッセージとして製作しました。事件が私たちに問いかけるものは何か、この映画を観て一緒に考えていただければと思います。

COMMENT寄せられたコメント

  • 人の生まれ方は皆同じだけど、死に方は様々だ。世間の風向きや同調圧力に屈せず、信念を持って価値ある人生を創る。
    それこそが尊厳ある最期をもたらせてくれると、この映画は語っている。

    ――― 石田 純一

    (俳優)

  • カウラでの出来事をどれだけの日本人が知っているのだろう。
    この映画を通して、今を生きる僕らに届けられるメッセージは、限りなく奥が深い。

    ――― クリス・グレン

    (オーストラリア出身、ラジオDJ)

  • 捕虜になって自由の楽園を経験し、そこからの脱走によって集団自殺へ突進した日本兵たち。このドキュメンタリーは新しい視点で、日本人にとって戦争は何だったのかの問いを突きつけている。

    ――― 佐藤 学

    (教育研究者)

  • 国家が戦争を起こす。しかし、肉体・精神的な負担は国民一人一人が負わされる。その負担の重さが究極の形を取ったのがカウラ事件だった。人はなぜ死を選ぶのか。生き残ったときに、どうやってその複雑な内面的な葛藤と向き合うのか。かつて「敵」だった国々の市民があの戦争の悲劇を考え、2度と起こらないことを願う。戦争の記憶が風化していく中で、次世代に残すべき貴重な記録です。

    ――― ジャン ユンカーマン

    (ドキュメンタリー映画監督)

    • カウラの丘に眠る戦友に語りかける老人の声は、人が人を思う気持ちの尊さに満ちていて、胸が抉られる。「生きて虜囚の辱めを受けず」という東条英機の言葉の呪いがこの人たちの人生を変えた。この言葉を激しく憎む、俺は。

      ――― シライケイタ

      (劇作家・演出家・俳優)

    • 当事者による貴重な証言をギリギリのタイミングで記録した貴重な作品だ。
      ベテラン・ドキュメンタリストの円熟した静かな手つきによる映像が、水のように心に染み入る。

      ――― 想田 和弘

      (映画作家)

    • あの人もやっているから、自分もやる。
      みんなそうしていたから、自分もそうした。
      過去を問いながら、この国の根っこを問う映画でもある。

      ――― 武田 砂鉄

      (ライター)

  • 私の大叔父はカウラの暴動で六発の銃弾を浴び、奇跡的に生き残りました。大学生の時、大叔父に連れて行ってもらったカウラで、私は初めてその暴動の話を聞きました。戦後何十年たっても、大叔父は自分が捕虜になったことを家族にすら言えなかったのです。
    「もし、神様が本当にいるなら、空の上から僕らを見て、そんなバカなことをするのはやめなさいと叱りつけてくれないかと……」
    カウラ事件をドラマ化する時、脚本を書く私に、大叔父がぽつりと呟いた言葉です。
    この度、日本人の監督たちの手でドキュメンタリー映画が制作されたことは、とても意味のあることだと思います。令和の人たちに何かメッセージを残してくれることでしょう。「死ぬための脱走」をなぜ彼らはしなければならなかったのか?彼らの青春、友情、そして生命の重さが伝わる作品です。

    ――― 中園ミホ

    (脚本家)

  • 「カウラの突撃ラッパ」が某文学賞を受賞したとき、選考委員の1人が、「(中野は)南忠男の『His Story』を描くことで、『History』をあぶり出した」と表現していました。
    ドキュメンタリー「カウラは忘れない」は、これまでになかった視点で、「未来へのHistory」を描くことに踏み出したのではないでしょうか。

    ――― 中野 不二男

    (工学博士・科学技術ジャーナリスト)

  • あの戦争を「知ったつもり」になってはいけない…初めて目にする史実ばかりだった。そして、死へと突き進んだ捕虜たちの姿は、「過去の遠い話」とも思えなかった。

    ――― 安田 菜津紀

    (NPO法人Dialogue for People/フォトジャーナリスト)

  • 虚飾を排した映像と、静かに語られる言葉たち。それらが丁寧に繋ぎあわされながら、長らく覆い隠されてきたカウラ事件の記憶がサルベージされていく96分。この映画を観るということは、歴史に埋もれてきた注目すべき人々の姿に目を凝らし、その声に耳を澄ますこと。そして今もこの国に通底する問題について思惟を巡らせること。戦後に生きる者の一人として、お爺ちゃんたちが事件を、そしてその後の人生を生き延び、天寿を全うしてくれたことに、心からありがとうと言いたいです。

    ――― 山川 冬樹

    (現代美術家/ホーメイ歌手)

  • 昭和の大日本帝国が、自国民にかけた「捕虜となって生き延びるのは恥」という呪い。それは、補給を断たれた兵士や捕虜となった兵士から命を奪い、生還者に罪悪感の十字架を背負わせた。だが、本当の罪人は誰なのか。

    ――― 山崎 雅弘

    (戦史研究家)

(五十音順・敬称略)

THEATER上映情報

監督=満田康弘『クワイ河に虹をかけた男』

撮影=山田寛 音楽=須江麻友 MA=木村信博 EED=吉永順平 CG=斎藤末度加、南真咲、渡辺恵子、小林道子
  通訳=スチュアート・ウォルトン、清水健
  協力=国立療養所邑久光明園、山陽学園、Theater company RINKOGUN 燐光群、坂手洋二、山田真美、田村恵子、カウラ事件70周年記念行事実行委員会
  資料提供=オーストラリア戦争記念館、国立駿河療養所
後援=オーストラリア大使館 製作=瀬戸内海放送 配給=太秦