災害の際の備蓄や非常用持ち出し袋を用意するときに、水や食料、毛布などをリストアップする人は多いが、本当にそれだけで大丈夫だろうか?
救急や消防の現場で災害と向き合ってきた女性消防士の塩田氏は、家族内での情報や意識の共有、そして自分たち家族にとって必要な物資を考え、用意しておくことが大切だと訴える。
地域の安全を守りたい
―消防の道を志したきっかけは?
学生時代に福祉を専攻していて、老人ホームにボランティアに行っていたのですが、入所者の方が「本当は自分の家で暮らしたい。でも災害や病気が心配だから…」とよく仰っていました。多くの高齢者が在宅での生活に不安を抱えている現状を知り、地域の安全を守るお手伝いができればと思い、消防士を目指しました。
―これまでどういったお仕事をされてきたのですか
1998年度に採用され、消防学校を卒業後、倉敷消防署で1999年度まで救急隊として勤務し、2000年度からは消防総務課で経理事務等を担当しました。その後、2度の育児休業を経て、2009年度に復帰し、玉島消防署で経理や消防団担当事務等の仕事をしました。2013年度からは消防局の指令管制室で、119番通報を受け付けて消防車や救急車に出動指令を出す仕事をしていました。そして2019年度から20年ぶりの救急隊、また初めての消防隊として勤務しています。
自分の家族にとって必要な備えを
―これまでのお仕事の中で、備えの必要性について感じたことを教えてください。
救急現場でよくあることなのですが、女性が体調を崩されて救急車で出動した際、ご家族の男性が保険証やお薬手帳がどこにあるのか分からず、困っている姿を見かけます。普段からご家庭の中で、いざという時どうするかをしっかり話し合って、保険証やお薬手帳などの大切なものは、家族全員がどこにあるのか知っておいていただければと思います。緊急時に必要な消火器や非常用持ち出し袋などの置き場所についても、家族全員が把握していただきたいと思います。
また、安全に避難するための動線が確保されていないと感じることもあります。例えば高いところまで物が収納されていると、地震の時に物が落ちてくる危険性がありますし、避難時に落ちた物につまずいて転倒するかもしれません。普段から部屋や廊下などを片付けて動線を確保することや、家具の転倒防止をぜひしていただきたいと思います。
―地元倉敷で、豪雨を経験されました。その時のご経験から何か伝えたいことはありますか。
平成30年7月豪雨の際は、指令管制室に勤務していました。その際、被災された方から「治療中の病気があり、薬を定期的に飲まないといけないのに、避難所に持ってくるのを忘れた。」「車が水に浸かり、病院に行こうにも行けない。かかりつけの病院も被災し、診療していない。」など、大変お困りになって119番通報されてくるということが何度かありました。避難する時に持っていかなければならない一番大切なものは“命”ですが、そのあとはすぐに慣れない避難所生活が始まります。災害が起こってから持ち出し品の準備をすると、そういった大事なものでも、つい忘れてしまうことがあります。無事に避難するためにも、また避難所生活の負担を少なくするためにも、事前の準備をしっかりとしていただくことが大切だと思います 。
ー塩田さんにもご家族がいらっしゃって、自分の家族も守らなくてはいけないと思うのですが、そういった家族の面でも伝えたいことはありますか。
私自身、子どもが小さいとき、食物アレルギーやアトピーがひどかったため、常に大きなマザーバッグを抱えて外出していました。例えば、おむつやお尻ふきにしても、この製品じゃないと肌がかぶれてしまうとか、アレルギー用ミルクもこの製品じゃないと飲まないなど、親にしかわからない子どもの特性がたくさんありました 。
しかし災害時、避難所でそういったすべてのニーズに対応することは容易にはできません。食べ物や水は届いても、常用薬などをすぐに届けることは難しいですし、避難所の中ではなかなか言い出しにくいこともあるでしょう。避難されてきた方は、いろいろなことを我慢して、そういったことが積もりに積もり、ストレスをさらに抱えてしまうのではないかと思います。
自分の家族に必要なものを普段から考えて、子どもや家族の特性にあったものを携行品の中にしっかりと入れておいていただきたいと思います。
普段から心の準備を
―仕事上、災害時に家ではなく職場に行かないといけないなど、大変な面があると思うのですが…
子どもは今、高校1年生と小学6年生なんですけれど、私の仕事のことを理解してくれています。平成30年7月豪雨の際には「(仕事に行って)いいよ。(家は)守るから。」と言ってくれました。そのようなことがあり、災害の際にも家のことを任せて出ていけるようになりました。
―お子さんが災害の時に「行ってらっしゃい」と言えるのは、そう簡単なことではないと思います。
普段から心の準備ということで、災害の際には「お母さんは(仕事に)行くよ。」っていうのはずっと言い聞かせてきたので、その準備ができていたのかもしれません。「災害は起こらないだろう」という気持ちでいるのと、「災害は今にも起こるかもしれない」という気持ちでいるのとでは、普段の意識が変わってくると思います。あと私の家では、子どもと一緒に通学路を歩いていても、「ここはひょっとしたら山が崩れてくるかもしれないよ。」といったやりとりを普段からしていました。生活の中で知らないうちに備えの意識が子どもについていたのかもしれません。
自身のケアも忘れずに
―最後に皆さんに伝えたいことはありますか?
各自治体や消防署が行っている防災に関する訓練や講習、地域の防災訓練などにぜひ参加してください。その時には男性だけでなく、女性にもぜひ参加していただきたいと思います。女性は男性以上に地域とのつながりが深く、ご近所の状況を把握されている方が多いと思いますので、女性が防災に取り組むことで、家庭と地域の両方の防災力が向上すると思います 。
しかし一方で、女性はついつい自分のことを後回しにして、子どもや家族のために無理をしてしまうことがあります。私は母から、「お母さんが元気じゃないと、家族みんなが倒れてしまうよ。」とよく言われていました。その意味で、女性の方には、自分も家族の大事な一員という気持ちを持ってもらい、自身のケアもしっかりとしていただきたいと思います。
塩田敦美(しおた・あつみ)
1998年度に倉敷市消防局に入局。
現在は玉島消防署で救急隊、消防隊として勤務。
2人の子どもを持つワーキングマザー。
インタビュー:中村康人 文:笠原慎太郎