キャンプや登山・トレッキングなど、アウトドアを楽しむときに災害のことを意識している人はおそらく少ないが、屋外で火をおこす、湯を沸かす、紐を結ぶなどアウトドアを通じて得られる知識や技能は、命を救う手助けにもなる。
アウトドアの知識を書籍、キャンプ、防災訓練などを通じて伝え続ける寒川氏は、アウトドアを楽しむことが、結果的に災害時、他人を助けることにもつながると話す。
アウトドアの知識が生死を分ける
―普段はどんなお仕事をされているんですか?
アウトドアを生活に取り入れることを提案する、アウトドアライフアドバイザーという肩書きで仕事をしています。書籍を出したり、アウトドア輸入用品を扱っている会社のアドバイザーをさせてもらったりしています。アドバイザーとしては、商品を山へ持って行ったり、海外へ持って行ったりしてテストをして、それを会社にフィードバックしています。
防災に関連するところでは、普段の遊びのアウトドアにも使え、災害時にも使える「ライフライン・サポートパック」という商品を企画しました。水・湯沸かし・電気・火起こしに役立つ用品とバッグのセットです。
―アウトドアが、ライフラインの一助になるということですか?
例えば外で湯を沸かすことができるとどんなメリットがあるかというと、水を煮沸できるんです。
災害時は水が出なくなると、給水車が来て配給してくれるのを待つ、という光景を思い浮かべると思いますが、特に今みたいな、夏の40℃近い気候のなかでは、給水車が到着するのを待っていられないですよね。道路が瓦礫だらけで、車が入って来られないという可能性もある。それに、水って重いんですよ。重い水が入ったポリタンクを持って家まで数キロ歩くというのは厳しいですよね。だからといって、川の水や雨水、お風呂の浴槽に貯めていた水を、そのまま口にするわけにはいきません。菌の入った水を飲むとかえって身体から水分が出ていくことになりますから。
そこから安全な水を作る方法としては、煮沸するしかないんです。塩素を入れて菌を殺すなどいろいろ手段はありますが、誰でも持っているものではありません。まして水は人工的に作れるものでもありません。そうなったときに、こうした知識や道具を知っている人と知らない人とでは、極端な話、生死を分けるほどの話になってしまいます。
災害時に多くの人が気にするのは食料品のほうですが、何よりも重要なのは、安全な水を確保することです。
それは都市部だろうが田舎だろうが、どこに住んでいても同じです。
“自分のため”が“他者のため”に
―アウトドアの道具は、よくある防災の備蓄とは少し違うのですね
備蓄は受け身の道具、起きた後に支援を待つまでの間の道具と言った方がいいかもしれないですね。アウトドアの道具というのは、どちらかというと能動的、自分から資源を得に行く道具です。
ただ僕らは、万人が使いこなせるとは思っていません。そのことに悩んだ時期もありましたが、アウトドアの道具で万人を救えなくてもいいや、と途中で気持ちを切り替えました。
アウトドアに興味がある人に知ってもらって、例えば300万人のうち、アウトドア道具を使って水を調達する人が1000人いれば、1000人、給水車の前に並ぶ人が減るわけですよね。そうすればその分負荷が減りますよね。自分のためにやるだけではなくて、列から抜けることが他者を助けることにつながります。ですので、少しでもアウトドアに興味を持つ人にはどんどん使い方を教えて、その人に列から抜けてもらおうと考えられるようになりました。
ただ、アウトドアは全て自己責任です。万が一失敗して、健康を害しても他人が責任をとってくれることはありません。「自分の命は自分で守る」という発想を持たない限りは、成立しないものだとも思っています。
―防災という課題を意識し始めたきっかけは何ですか?
アウトドアはまだ香川県に住んでいた中学2年から始めて、もう40年以上経つのですが、2011年に東日本大震災を経験する前から、自分自身で「なんでアウトドアが好きなのかな?」とか「何か意味があるんじゃないかな」と考えていた時期がありました。
そんなときアウトドア業界で有名な方のコラムをたまたま読んだのですが、そこには「アウトドアをやっている人間たちは、災害が起きた時に、リーダーになるべき人間なんだ」「あなたたちは、無意識でキャンプをやったり、いろんな道具を手に入れて川でカヌーを漕いだり、自転車に乗ったりしているかもしれないけど、それはすべて人の生を継いでいくために、自分たちにセットされたもので、選ばれた人たちなんだ」などと書かれていたんです。また「アウトドア好きの人たちは、もしこれから近い将来災害が起きた時には自分が中心となって、今まで育んできたスキルを、惜しむことなく周りと共有しなさい」と書かれていて、そのときにとても腹落ちしたんですよね。
自分自身の悦楽のためにやっていると思っていたことが、実は社会というか、人類のためにやっていることなのだと思い直しました。
知識を子どもたちに伝承していく
―アウトドアを趣味にする人たちは増えてきていますよね
今ブームですよね、キャンプって。でも僕はブームになった下地も災害だと思っているんですよ。皆さんの頭の中にこれまでに起きた災害のことがあって、キャンプとかをやっておかないと、いざというときに困るのではないかと考える人たちが増えてきたんだと思うんです。
ただ、世の中がブームになっているとしても、僕らが伝えたいことは、道具で鎧のように身を固めていくことではなくて、最小のもので衣食住を組み立てられるようになってほしいということなんです。
ナイフが使える、火が起こせる、紐が結べる、この3つです。これは原始人が人間になった証というか、そういうものをもう1度、人の手の中に取り戻したいなっていう、それを子どもと一緒に共有したいなっていうのが本の主旨でもあるんです。
―書籍にはどんな思いを込められているんですか?
アウトドアを楽しくやりましょうという根底は変わらないんですが、コンセプトは「子どもに伝える」ということなんです。いわゆる“伝承”です。僕は50歳を越えているので、次の世代の中学生や小学生にこういうことを知ってもらう。彼らが大きくなったらまた次の世代に伝承してもらう。それは、自分の生きている時間を次の世代に伝えるために使うという考え方です。
僕は僕のためにアウトドアを始めたんですが、今はそうではなくて、少しでも子どもと共有して、自分の時間をバトンタッチしていけば、また5年後10年後にその子が次の人にバトンタッチしていけるのかなと。
僕にとっての防災とは、ソーシャルとか大局的な話というよりは、自分の中のエネルギーをどうやって伝えて、それをまた次の人たちが熱源にしてくれるのか、ということなんです。
防災をきっかけにアウトドアを
―岡山・香川の方に伝えたいことはありますか?
都心部に比べると自然に恵まれているので、アウトドアの必然を感じる人って少ないと思うんですよね。「あえてキャンプに行く必要ない」とか「あえて焚火なんて…」とか。
けれども、それを防災というところに1回引き上げてもらうと、やる理由ができますよね。できたらそれを家族や子供と共有してほしいです。
そして何より、子どもにとってアウトドアは絶対に楽しいはずなんです。焚火に連れて行って子供が憤慨したなんていう話は聞いたことがないです。防災のためだけにアウトドアをやるんじゃなくて、楽しむためにアウトドアをやっていれば、もし何か起きた時にはそれが役に立つ、でも何も起こらなかったらそのまま楽しい、どっちに転んでもいいじゃないか、というのが僕のロジックです。
寒川一(さんがわ・はじめ)
香川県丸亀市出身。神奈川県横須賀市在住。
アウトドアライフアドバイザー/UPI OUTDOOR PRODUCTSアドバイザー。
三浦半島を拠点に「焚火カフェ」やバックカントリーツアー、防災キャンプなどを通じてアウトドアの魅力を広めている。
インタビュー:中村康人 執筆:笠原慎太郎